2023年10月7日。
かねてから訪問を熱望していた北海道余市町のドメーヌタカヒコに行ってきました。
ドメーヌタカヒコは普段は一般公開をしておらず、年に一度、この収穫の時期にだけ収穫ボランティアとしてワイナリーに入ることができます。
収穫作業の合間にはしっかりと休憩時間が設けられており、その度にタカヒコさんが自ら参加者のみなさんに畑やワイナリーのお話しをしてくださいます。
この記事では、実際に私が聞いてきたタカヒコさんのお話しをみなさんにご共有します。
また、話の内容に関連してドメーヌタカヒコのSNSやメディアのインタビュー記事なども参照しながらタカヒコさんのお話を肉付けしています。
そのため、当日実際にタカヒコさんがお話しされた以上のことが含まれている点、また、メモをもとに事後に言葉を補っているため、一部不正確な内容が含まれる可能性がある点について、ご承知おきください。
前編はこちら
中編はこちら
ピノ・ノワールのクローンについて
ドメーヌタカヒコで使用しているピノ・ノワール種のクローンはMV6(MVはMother Vine[母樹]を意味し、元々はフランス・ブルゴーニュの特級畑Clos Vougeotの枝が持ち込まれたと言われている。)という種類。
これはブルゴーニュのクロ・ド・ヴージョからオーストラリアに持ち込まれたクローンで、北海道内においても評価が高いクローンだ。ドメーヌタカヒコの畑でも安定して房が小さく、気候の影響を受け難い。また、質の高いブドウを安定的に産する。難点は収穫量があまり期待できないこと。13系統(クローン)を栽培するナナツモリの畑で、最も多く栽培されているクローン。
参考:https://www.facebook.com/DomaineTakahiko/photos/a.1097490983597847/1458668484146760/?type=3
参考:https://lagphase.wine/update/pinot-noir-mv6.html
補木はどれもMV6だが、台木はそれぞれ異なる。
この日の午前中に収穫したピノ・ノワールの台木はリバリア グロワールド(リバリア グロワールド モンペリエ)というアメリカのブドウ品種。浅く根を張るので、樹勢を弱められるというメリットがある。
参考:http://www.uehara-grapes.jp/commentary/08.html
午後に収穫するピノ・ノワールの台木はRiparia × Rupestris 101-14という種類のもので、こちらは逆に樹勢が強くなる。
どういう組合せがベストか、試行し続ける必要がある。
これから、温暖化の影響も受けてベストな組み合わせが変わる可能性もある。
ナナツモリの畑には13種類のクローンが植えられている。
昨日はスイスのクローンを収穫した。
その他に、アメリカ、フランス、ドイツなどさまざまなクローンの樹がある。
ピノ・ノワールは遺伝子が不安定な品種である。ひとつの樹から、ピノ・ブランとピノ・グリで半々に変化することもある。房が大きくなったり、小さくなったりもする。
世界中でもっとも有名なのはディジョンクローン777。果皮が薄いのが特徴。
その他に667、114、115なども有名である。
これらはピノ・ノワールの中でも、比較的バラ房になりやすい。
トレ・ファン/Tres Fin(極小)というクローンはさらにバラ房になる。
収量もほとんど得られないので、植えたのを後悔しているクローンだ。
最新では900番代のクローンがある。
ワイナリーのコンセプトは「ガレージワイナリー」
ワイナリーを運営する上で、あまりお金をかけたくないと思っている。それは、他の人にもこの余市町でワイナリーをやってほしいと考えているからだ。
余市町は日本一のヴィニフェラ種のブドウの産地である。日本の他の産地はテーブルグレープと呼ばれる食用ブドウが多い。
ドメーヌタカヒコは、余市町で2番目にできたワイナリーだった。
当時の余市町の欠点は、ヴィニフェラ種のブドウの栽培を町外でやっていたことだった。
この街で、ワイナリーを増やさないといけないと思っている。
では、大きいワイナリーが一軒あればいいのだろうか?
小さいワイナリーが100軒できた方が、小学校の子どもたちが増えて良いのではないか。
ドメーヌタカヒコは1,000万円の資本で始まったワイナリーである。(あくまで当時の話なので、今の物価でいえば2,000万円程度になるだろう)
とにかく、安く始めたかった。
そのため、中古の機械を買うなどした。また、ポンプなどの機械を買うことはしなかった。
この町でワイナリーができるのは曽我だから、曽我だけだと言われたくないと考えている。だから、元手は最小限にしたし、研修制度も設けている。
研修制度について
現在、ドメーヌタカヒコには3名の研修生がいる。
彼らにはワイナリーの新築を禁止しているほか、ステンレスタンクの購入を禁止している。
ワインは特殊なもの(巨額の資金を投じる必要があるもの)ではないからだ。
ワイナリーを始めた当時は全校生徒数が8人だった登小学校も、現在では全校生徒数が14名にまで増えた。研修生が来る、その家族が来る。研修生にはこの地区に住むことを条件にしている。だから、研修生の子どもたちが来ることで登小学校の人数が増えるのだ。
目指すのはボルドー?ブルゴーニュ?
ボルドーに行くと、ワイン造りをマニュアルで教えてくれる。ボルドー大学の教科書など、手ほどきしてくれるものが多くある。
一方のブルゴーニュは、かなり大ざっぱだ。
世界中でボルドーのワインは真似されてしまい、ボルドーは競合が増えたことで苦戦している。
ワインは自分にとっておばあちゃんの作る漬物や野沢菜のようなもの。
樽にドカンと入れるだけ、亜硫酸も入れない。
ブルゴーニュで「なぜおいしいワインができるのか?」と訊ねてみると、「ブルゴーニュだから」でおしまい。
余市はブルゴーニュと同じような気候風土だ。
自然環境が似ている。だから、菌の状態も似ている。
違いといえば、余市町の方が雨が少し多い。生育期の雨量は400〜500mmほど。また、冬の寒さは余市町の方が厳しい。
ワイン造り、そして、働き方について
ドメーヌタカヒコでは、醸造にプラスチックタンクを使っている。その理由は安いからだ。
このやり方が広がれば、みんながワイン造りを真似できる。(ワイナリーをつくることができる)
余市町はワイン特区に指定されており、3,000L製造できればワイナリーとして認められる。
参考:https://www.chisou.go.jp/tiiki/kouzou2/211130/pdf/henkou_plan01.pdf
内閣府資料によると2,000LでOKか?
3,000L造るだけなら、プラスチックタンク3個あればいい。
できたワインを3,000本売れたら、売上900万円になる。
ワイン造りはこの町では難しくない。
山梨で同じことをやれるか?そうではない。
この町、この風土、この環境だからできる。
ここでは選果台せ使わず、収穫したブドウをそのままタンクへ入れる。(主に酸化を防ぐ目的で一般的に使用される)亜硫酸も、(アルコール発酵を促すための)酵母も入れない。
ヘッドスペースに炭酸ガスを入れておしまいだ。
一般的に、次の一年に向けたブドウ樹の剪定は冬の間に行われる。しかし、ここ余市町では冬季には積雪がある。そのため、雪が降る前に剪定しなければならない。
だから、収穫が終わったらすぐ剪定作業に移る。その間、ワイン造りはしない。
これが、ドメーヌタカヒコが造るワインを赤ワインにした理由だ。
今年収穫したブドウには、11月中は何もしない。放置する。
その間に畑に出て剪定をするためだ。
白ブドウでも同じだ。
雨の日がくれば、畑に出られないのでブドウを潰す(ようやく収穫したブドウでワイン造りを始める)。こんなふうに、ワイン造りを始めるタイミングはいい加減(天気次第)なのだ。
砂漠でできたブドウはおいしいか?
考えてみてほしい。砂漠で育てたブドウ樹から造るワインは美味しいだろうか。
そこには多様性がない。だから、おいしくはならない。
ブドウ樹が育つのは、工場の制御された土の上ではないのだ。
発酵は、山に由来しているものだ。
甘い樹液がある。それが腐る…のサイクルが繰り返される。
それによって微生物が増える。
そして、虫たちが畑にやってきて、ブドウに付く。
いろんな菌があった方がいいものができる。失敗が少ない。
究極のワインは、真似できないものだと思う。
日本には、不均一の美しさがある。
一列のブドウ樹の中でも、全然違うブドウができる。
今年は、今年の熟し方がある。
真似しろと思っても真似できないものだ。
自然の香りというものがある。自分のワインは、山の香りがする。どこか不均一だけど、それがとても心地良いものに感じる。
人間は意外と、完璧さに面白さを感じないものだと思う。
陶芸の中の釉薬(ゆうやく、うわぐすり)が美しいように、やろうと思ってできる、狙ってできる美しさではない。
こうだからおいしくできる、ではなく、自由に造りたいと思っている。
試飲しながらのコメント
森の中の香りがする。里山を歩くようなイメージだ。
青さが少し感じられるが、それは決してマイナスの要素ではない。
紫蘇やねぎ、ハーブは食事を楽しませてくれるものだ。
ワインの香りは四季で変化すると考えている。時間とともに熟成し、変化する。例えば、冬は醤油みたいな香りがする。
秋真っ盛りが一番好きだ。
そして、日本の柔らかい水を吸ったブドウからできたワインだからこそ、出汁やうまみが感じられる。
イメージとしては、豚骨ラーメンではなく醤油ラーメン。
複雑性を持たせたい。
塩ラーメンならシャルドネかな。でも難しいと思っている。
“トオルのシャルドネ”は、実はまずは高松ではなく自分の造り方で造ってもらっている。今回の出来を基に、今後どのように造るか考えるのだ。
ドメーヌタカヒコのワインは、日本の食に合うと思う。
魚卵、ヒカリものの魚、亜硫酸の多いワインは合わない。もちろん全てがそうというわけではなく確率の問題だが、ヨーロッパのワインはそうした食材と相性が悪いことが多い。
ワインはあくまでも農産物だ。
化学農薬を使うとマメりやすい。ブレタノマイセスも出やすい。
ドメーヌタカヒコの収穫ボランティア体験記は以上です。
北海道や日本のワイナリーにご興味がある方は、ぜひ以下の書籍も読んでみてください!
その他の記事はこちらからご覧ください。
コメント